感想は観想に似たり 3rd

アニメ・ゲーム・ライトノベルなどの感想を、趣くままに書き綴ります。

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コピペ文化の是非 クローズアップ現代より

普段あまりテレビは見ないのですが、たまたま見かけた番組について久々に思うところがあったので少し書いてみます。

番組は9/1のNHKクローズアップ現代で、その日のテーマは、PC上で安易に行われるコピーアンドペースト(以下コピペ)について、その使われ方と問題点に対する考察です。主旨としては、コピペは便利だけど使い方を誤ると人間自身が持つ力(創造力、考える力など)を退化させてしまうから気をつけましょう、という内容でした。

コピペの使われ方としていくつかの事例が紹介されていましたが、その中のひとつに、web上で小中学生向けの読書感想文の雛形をアップしているフリーライターが紹介されていました。彼曰く、貴重な夏休みの時間を無駄なことに費やしてほしくない、今しか出来ないことをやってほしい、だそうです。で、小中学生からの感謝メールをもらって喜んでいると。

なんと浅はかな…この話を聞いた時は正直愕然としました。大人もついにここまで堕ちたかと。

読書感想文自体にどれだけの意味があるかという議論も確かにあると思いますが、私は感じたことを文章に起こす訓練だと思っています。極端な話、それは別に読書である必要は無くて、夏休みの体験だったり、それこそ映画やビデオの感想だって良いと私は思います(私自身、このようなブログを細々ながら続けている意味の中には、上記訓練的な意味合いも多分に含まれていますので)。ただ、それを面倒だからという理由でコピペで終わらせてしまったら、自分の言葉を文章化するという数少ない機会を失うことになるわけです。その結果、自分で考えることが出来なくて文章が書けない若者が増えたり、ひいては選挙がただの人気投票になったり、旨くも無いラーメン屋に列が出来たりするわけですよ。


読書感想文が無駄だという人は、学校の勉強が全て無駄であるといっているのとほぼ同義だと私は思います。個人的には、むしろ他のどの勉強より実は社会に出て役に立つのではないだろうかと思っているくらいです。

確かに子供にとっては時間はかかるし面倒だし、そもそも好きでもない本を読んで好きでもない感想を書くなんてことは、一部の読書好きを除いて苦痛以外の何者でもありません。私自身、泣きながら感想文を書いた思い出もあります。ただ、それが今になって役に立っているというか、何かのきっかけになっていると感じることがあるのは事実です。学校の勉強もそうですが、それをやっている時にその意味を理解して取り組んでいる人などほとんどいないでしょう。それでも強制的にやらされることで、少なくともそれを実際に経験することになります。そしてその経験が、将来何かの役に立てば、それで結果オーライなのではないでしょうか。


それを無駄だから、といってわけのわからない大人が雛形を作ってコピーさせていると。頭悪い大人が頭悪い子供を作り出している典型的な例ですなぁ。

コピペそのものは物事を進める上で効率的ですし、うまく活用すればいいと思いますが、この場合、それこそ大学生がレポートをコピペで出すのとはわけが違います。初等教育において文章を書く機会を奪うという行為は、罪ですらあります。


ということで、いつになくいつもと違う方向に熱くなってしまいましたが、感想文の雛形なんて愚かしいことは即刻やめるべきだと思いますね。職場でもいますよ、コピペでその場しのぎの資料は作れるけど、自分の言葉で説明できない、または突っ込まれるとコピペなので・・って言い訳するやつ。そんな人間が増えていくのは禿げしく遠慮願いたいものです。
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